一生涯かけて実現したいことのために・・・自分らしくあるために何ができるかを日々見つける日記


by kevala
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私の育ったあの国

韓国から来たサランに会って自分が幼い頃に心に留めていたものが蘇ってきた。

小学生三年で私は韓国のSeoul日本人小学校から転校してきた。
「私は韓国から転校してきました」と挨拶をしてから、給食の時間に「韓国人だ」と言われてなんだか悪くいわれているような感覚になった。
あの時泣いたのを覚えてる。

1987年のSeoulオリンピックの前の大韓航空機事件のテロの時 私たち家族はSeoulにいた。

私は学校の帰りに友達と話ながら家へ歩いていたときに急に中学生から殴られた。
「どうして!私が急に」泣きながら走って家に帰ったのを覚えている。
母は私を抱き締め理由は語らずにそして「もう日本語を外ではなしてはいけないからね」とだけ言われた。

とにかく早く日本に帰りたい。
そういつもいつも思っていた。

日本に帰り、私は韓国人と言われそれからは韓国にすんでいたことを隠すようになった。
友達にはアメリカから来たと嘘をついた方が厄介ではなさそうだとしっていたから。

私は若干9歳で両国から板挟みになるような感覚を得た。
韓国では日本人だっていじめられ、日本では韓国人だって言われた。私は日本人だよっていうたびにつらくなった。

そしてすべてを知ったのは中学の頃の歴史の教科書だった。
日本は昔、戦争をしていたんだって…。

私の心に受けた痛みはやっぱりあったんだといま思う。

韓国の友人となにかひとつになり分かりあえたことや自分の体験をはなすことができたから。

韓流ブームをずっと斜めにみていたのは、私にこういう傷があったからかもしれない。
韓流ブームのさらに先に歴史をたどる大切なことがあることを忘れないでほしいといつも思う。
6年ぶりに逢った彼女が別れ際に「I CAME HERE JUST TO SEE YOU」って言ってくれた。
次は私が逢いにいきハングルでそう伝えたくなった。

ありがとう
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by kevala | 2009-01-30 03:47 | できごと