一生涯かけて実現したいことのために・・・自分らしくあるために何ができるかを日々見つける日記


by kevala
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

愛しているかいないかの範疇

どういう状態のときに"愛してる”と感じるんですか?
先生:それはとても本質的な質問ですねと・・・

女性が男性を“愛している”と感じるときと男性が女性を俺は愛していると感じているその愛が同じものをささない(愛の非対称性)ということを教えてくれた。

どういうこと?

女性が自分のケアの範疇(世話)にはいるかはいらないか、うまく入っていると愛しているわと実感ができるという。
たとえば、もう彼ったらしかたないわね と洗濯をしてあげたりとか、可愛い・・・しかたないわねといいながらも世話をしている状態らしい。

確かにそれわかる気がする。

彼が自分の愛の範疇に入るか入らないか。結局 入らなかったら愛しているという実感がなかなかできないという訳。
それが全部ではないと思うけれど、まずは自分のことを受け入れることが一番大事なのですが、たとえば カップルがどうして長く続くのかという疑問を率直にクリニックの先生に聞いてみたわけです。

男性は、ケアという表現ではなくてもうすこし肉体的な愛情表現であるとのこと。
昼のエネルギーと夜のエネルギーで言えば、男性は夜。
昼の現実的な生活では、女性が主導権を握ってすこし小うるさく言う程度がうまく言っている状態だけれど、夜は男性が主導権を握るという。
そうすればうまくエネルギー交換ができて愛しているという感覚が得られるわけ。

そういう切り口だけではないとは思いますが、男性と女性を超越した人間対人間で本当にいかないものでしょうか・・・・とまだ疑問は残ります。

私、やっぱり手に負えてないようだ。。。
どうしてもこうしてもあの手を使ってもこの手をつかっても手に終えない お手上げ状態。
つまりケアの対象に最初はしたのに、それが私の力ではできないというかそういう燃え尽きた状態かもしれないのだ。
タバコをやめてほしいからあの手この手を使うけれど、健康には程遠い。
料理もしてみたけれど、料理だけでは健康管理は難しく本人の自覚が大事。
私のケアだけでは、太刀打ちできない壁にぶちあたっているようで、
少し葉がしたをむいてしまった植物に水をやってすぐ元気になったときに“うれしい、愛している”というような単純なものとは違うわけだ。

もちろん私にも母性はあるだろう。育てるのが大好きだし、いとおしく思う。
水をあげて成長している姿がうれしいし、可愛い芽がでてきた植物をみているとうれしい。
そういうシンプルな気持ちはあるから、まったく愛情がないというわけではないのですが。

この点についてもう少し考察してみたいと思う。
[PR]
by kevala | 2008-12-07 02:20 | できごと