一生涯かけて実現したいことのために・・・自分らしくあるために何ができるかを日々見つける日記


by kevala
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Work life balance?!

Work life balance?!

丸善だの三省堂だの手帳コーナーが去年より拡大され、すごい量。本屋にいくと今の世の中、人が何を求めているのかがよ~くわかるものだ。
吸い込まれるように特製ブースの中に人が入っていく、それくらいみんな迷い将来の計画が欲しいのだろうか。
私は数年前からもともと飽きっぽい性格だがディスカバー社の手帳を愛用しており、とくにミリオネーゼ手帳が気にっていた。
それは家計簿だが項目がとても大きくて自分で大分類を設定できるところがすばらしい。多くの手帳は初めから分類が決まっているのだが、この手帳の特徴を詳しくいうと自分の価値観によって分類は違う訳で自分が将来キャリアアップしたいのにもかかわらず、化粧品にばかりお金を使っていたらキャリアアップもできないでしょ?と何に使ったかを実態として明らかにしてくれる点である。
今年はワークライフバランス手帳というのが流行っているようだが、社内の女性たちの会合でもワークライフバランスは大きなテーマである。

岡本浩和氏のhttp://seminar.opus-3.net
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のセミナーにおいてとてもキーになってくる自分軸というテーマが実はワークライフバランスの大事な点になってくることに私は注目しているのだ。
よくあることだがワークライフバランスだの言葉の独り歩きが今始まっているといってもおかしくない、どれくらいの人たちがワークライフバランスについてきちんと理解しているのだろうか。
とてもシンプルであるが見落としてはいけないのが、何も残業をせずに家庭を大事にすることがワークライフバランスではないということだ。
人にはライフステージもある、幸せと感じる価値観も違うのだから、どの状態が個々人にとってバランスがとれているかは違うということが大切だと私は考えている。

会社は不景気で残業代も払えない、国の政策として高齢化、少子化が進みみんなが家庭を大事にするようになれば子供の数も増え・・・といったような政治・経済からワークライフバランスに乗せられてはまずいのだ。

私はとてもあきっぽい性格で仕事にもむらがあるが、それがある意味個性であり仕事をするときは12時まででも何時まででも好きだからするので
私にとっては定時で帰ることがワークライフバンランスではないのである。
結局、自分自身の軸が定まっていないとどれがバランスのとれた状態であるのかがわからないのだ。

とっても大事すぎてみんなが見落としているポイントを力説したく、岡本浩和氏のセミナーをぜひお勧めしたい。

計画なんてあまり必要ない。毎日毎日の小さな目標さえあれば積み重ねるだけであり、一番大事なのは幸せを感じる能力かもしれないと・・・。
つらいときだからこそ幸せを感じる力を養っていければと常々思うこのごろである。
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by kevala | 2009-12-15 15:13 | 政治

自分とむきあうこと

今までの自分はやっぱり逃げていたのかなと思えてくる。目に映る黄色の銀杏が寒空には映えて、さむい首元に鮮やかなマフラーがあるような最近の寒さ。

昨日は、かおちゃんと韓国料理屋で初飲みということもありこのまま試験結果がわからずにいるのも前に進めないし・・と思い、仕事中にある試験予備校のWebで試験の模擬解答を閲覧した。
いくつか数字があっているような感覚はあり、合格しているかなぁ・・・と思いつつ、電話で確認。
すると事務の人が第1問、16点、2問18点、3問、18点、4問、20点、五問12点、合計84点で合格ですと告げてくれた。
安堵感もあんまりなくてむしろ悔しいという気持ちがあったのだった。1問が16点なのがとても悔しい。
仕訳の問題は20点取れたという自信があったし、5問も16点くらいはほしかったところ。そうすれば90点はいっていたのだから。本来は88点がほしかった。
まぁそれにしても合格は合格なので次の簿記1級にむけてまずまずのスタートを切れたと思っていいのかなと思うことにした。

旦那に電話したらとても喜んでくれて、自分以上に喜んでくれたのが嬉しかった。
簿記2級ごときでこんなに喜んでくれるなんて、それが嬉しかった。
それにしても私も結構えらい。今回の試験合格というのは6,7,8,9,10約4ヵ月間の勉強であったし結構頑張った。勝因はまず計画がきちんとたてられたこと、戦略を練って苦手なところをカバーしたこと、そして試験中にスランプに陥ってもそこをまずは飛ばしてできるところからやろうと気持ちを切り替えられたことだった。

この成功体験はそのまま深化させ、次の簿記1級に絶対に生かそうと思う。
来年の6月13日が本当の勝負。
1級合格者は短答式に一発で合格している割合もたかいというから、今度は無駄のないような質のたかい勉強をしようと思う。
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by kevala | 2009-12-09 13:36 | できごと

ハワイハワイハワイ

誕生日以降更新されていないブログ、それ自体がまた何かを教えてくれているようだ。
自分の中での空白があり、それもまた振り返るときには大事な要素。ハワイ旅行から帰り今日でやっと休み明け仕事の一週間が終わるのである。ようやく落ち着いたという意味なのだろうか、身の回りの整理をこの一週間で始めている。
昔、ハワイと聞くと芸能人が毎年年末に行くところといったイメージが強くてすこしチャラチャラしたイメージだったので軽くみていたのだった。
2007年の夏に一度いって、今回が二回目であったが二回目にはまた二回目の良さがある。自分の状態が変わっているので同じ世界が違って見えているし、移り変わりを感じることができるのだ。

今回の旅で絶対にしたいと思っていたことのひとつに、知り合いであり、大ファンでもあるピアニスト愛知とし子さんのセカンドアルバムのタイトル“Bathing in the moon light”を実際にしてみることだった。

月夜の光の下で泳ぐってなんともいえない世界である。まさにこの情景が浮かんでくるようなピアノの旋律であり
私のお気に入りのアルバム。この月夜の光の下で泳ぐことって日本ではなかなかできないけれど、ハワイならできるんです。

ワイキキビーチから500メートル西にいったビーチは小さいけれど本当に暖かな気が流れ、ビーチ沿いのレストランからの活気と光でビーチが照らされているので安全。このビーチで私は、本当に今回月の光が波を照らしている間をみつけ泳いだのです。

太陽の光よりもとても神秘的で気持ち良く女性にはとってもお勧めです。
月の光を浴びるって本当に表現しがたい程です。そのためにハワイにいったと思ったほど。

ハワイにいったら月光浴ができるんですね。とてもお勧めです。
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by kevala | 2009-12-04 13:50 | できごと

出雲大社へ

2009年10月15日に島根県へ出張の機会ができた。ちょうど14日の夜、クラシックのコンサートにでかけた際に知り合いのOさんに島根にいくことを告げたところ、"10月はね神在月と呼ぶんだよ”と教えてもらったのだ。
神無月は、島根県以外の地方で呼ばれているのであり、島根の出雲大社にすべての神様が集まるという

今回は図らずも出雲大社に誕生日でもあり、10月に来れたことを思うと本当にすべてが必然で導かれているのであれば、神様にお呼ばれしたのかなということだ

その前の日は雷があり、雨が降っていたというが、私が訪れた日は写真のとおり晴天で、心も大地も洗われる感じだった

自分はきっと神に導かれているのだから、今起こることも将来起こることもすべて神に守られているうえでのことだから心配することはないという気持ちがわきおこってきた

そして縁結びの神様である出雲大社の神にこれからもいいご縁をいただければという気持ちで願った。

ご縁こそ人生を変えるものであり、何も男女の関係にとどまらないことを考えさせられる

そして参拝したあとにふとお守りをみて、必要なひとが浮かんだ
私にいろんな良いご縁をくださった方に私も何かを返したいという気持ちになったのだ

とてもよい一日だった

静かで穏やかで


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by kevala | 2009-10-18 02:08 | できごと

自分の習性をしる

久しぶりにI podを聞いた。
家には壊れかけのパソコンしかない。
最後に買ったパソコンは、2001年に父から買ってもらい当時26万円もしたものだった。
なんだその値段は・・・あまりに高かったものなだけに捨てられないのだ。
父は独立していてそのときは税金対策で買っていたとは思う

ぬいぐるみを捨てられないのはわかるが、パソコンは捨てられないとは・・

昨日はどうしても聞きたい韓国のシンスンフンのCDを寝ながら聞いたが、
壊れかけのパソコンのCDドライブに入れて時々音が飛ぶ。
リピート機能もバカになっていて、いちいちベッドから降りて再度再生しての
繰り返し。これを6回くらいしていたらすでに寝ていた。
朝になってまだ電源がついていることに気付き、朝おきてからまた再生した。

シンスンフンのI believeだ。彼の名曲中の名曲。
韓国語の方が心地よいが、彼はアジアの小田和正って感じ。
小田和正は透き通るような薄い感じの声だが、彼は透き通るけれどぬくもりがある気がする。
そんなこんなで彼の曲をここ1カ月ずっと聞いているわけだ。

知り合いから中島みゆきの曲のリクエストがあったのでさっそく聞いてみることにする。
中島みゆきだと初期の頃はあまり知らないのだが、アーティストは初期の頃の方が
そのときもっている本来のインスピレーションが爆発するためやっぱり最初がいい。

テレビはここ3カ月みていない。
テレビのうるさい音が嫌い。新宿駅の改札みたいな波動。
コマーシャルとか芸人の声とか一番ダメ。

基本的には音楽CDがあればことがたりるタイプ。
家では、なかなか勉強することができず最近私の机は請求書なり書類の置き場になっている。
積み重なった書類を見るとうんざりするのだ・・・

几帳面なところもあるが、ある種大胆なところもあり意味がわからない。
特に小さな傷に対して繊細に反応する傾向がある。
時間の無駄づかいも得意だし、用もないのにコンビニによったり
特に無印良品に行くのが趣味。

無印で流れている音楽は瞬時に耳にはいり、すべて耳コピしてしまうほど。
無印良品で流れている女性の声もけっこうやさしくて好き。

まぁ自分は変な習性をもっていることがこうして書いてみるとわかる。
自分探しとはそういう変な習性をしっておくことからかもしれない。
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by kevala | 2009-04-18 18:38 | 自分自身

おもてなしとつくすこと

つくすことともてなすこと

私は、おもてなしが好きなようである。
何かと人が喜ぶことをしてあげることが好きであり、特にその人にあったものを選んであげたりすると自分も楽しい。
いけばなのようなもので、その人にあったものを選ぶというのは芸術である。
その場にあった花を選ぶこと、その人にあったメイクを選ぶことやアドバイスなど。
ただおもてなしを尽くしてくれると誤解されると困るのである。
別にホテルはお客さんに対して尽くしているわけではなく、おもてなしをしているだけ。
おもてなしがつくしていることのように映ってしまわれたらそれは違う。

つくすことなんて毎日できるわけはないが、おもてなしの心はそれなりに持っているといい。
尽くすこととは自分をさしおいて捧げるような感じだけれど、おもてなしとはさりげない心づかいであったり
相手が喜ぶようなことを少なからずひとつでもするだけでおもてなしになるわけで。

あるホテルに部屋に入ったら Dear Kyoko Welcome to NY と書いてありなんだか嬉しかったことを覚えている。
それは私のために・・・と思えるようなとても簡単だけれどシンプルなことだから。
まぁまぁ人間関係とはそういうちょっとした心遣いやおもてなしの心なのかもしれない。
おもてなしとは、なかなかいいものでおもてなしをしている自分もとても楽しいのである。
相手が喜んで頂ければいいなというポジティブな想いで何かすることができるから。

大学を卒業してホテルマネジメントの実務についたが、おもてなしをする仕事はとても楽しかった。
相手にとって何が一番いま重要なのか、ホテルのハイレベルコンシェルジェは感動を与えることを
いつもサービスとして考えている。

感動を与えるサービスとは、芸術の域である。
感動を与える人でいたい。

相手の想像を超える何かが感動。
感動を与えられる人には想像力が必要。
想像力は、自分が見えないものをみる力だと思う。
ますます見えないものがみえるようになってきた。
それは自分自身を信じるようになったから。格段に世界が違って見える。
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by kevala | 2009-04-18 18:11 | 料理

本当のやさしさ


本当のやさしさとは何かを考えていた。


シェィクスピアのハムレットに出てくる文句だそうですが、「やさしさは残酷さの中にある」というような意味でした。 やさしいだけでは、本当のやさしさを示すことはできないのです。 

まぁ言い換えれば、勇気や決断力がなければやさしくはなれないということだと理解していますが。 

やさしさとは、ときによっては非常に残酷なことでもあることだけは忘れて欲しくないのです。

上記はあるブログで紹介されたことだった。

私は、最近になって偽善的であると感じている。
そういう自分に自己嫌悪していたし。
自分に優しくなれといってもなかなか難しい。

甘え方もしらないし、甘えたこともあるかどうかわからない。
甘えるってどういうことなんでしょうか。
人生をもう少し楽に生きられるなら甘える方法をしることかしら。

昨夜、一階のエントランスホールに猫がいた。
昨年の冬に会って以来で、いつも帰宅すると
もしかしたらその猫がいるのではないかと
温室機の上をちらっとみてしまう自分がいた。

昨夜、ついにその猫が帰ってきていた。
仲良くなって家でごはんを食べさせてあげようと
思ったが、野良猫っぽいし意外と人になつかない。

ねこまんまを作ってさらにのせてあげたが、
翌日みてもそのままになっていたため
どこか別の場所で可愛がれている可能性がある。

私のエゴなのだろうか。
たぶんそう。
餌をやって食べないと残念に思う。
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by kevala | 2009-04-18 14:17 | できごと

My chingu @ korea

Got Tokyo station at 2pm it was perfect plan I ever did.
完璧なまでのプランだったので14時の午後から出勤に間に合った。

昨夜は亡くなった父の親友の娘さんに初めて会うことになったのだが、
彼女をみていると彼をどんどん思い出し彼がどんな人だったのか
伝わってきたのだ。
5000円くらいのシャンパンを親友のサランとあけて彼女との三人の最後の夜を
祝った。
人間はこの瞬間瞬間がかけがえのないものであり、感謝すべきであることを残念だけれど
忘れてしまう存在なんだ。
三人で英語と韓国語でこう話をした。
普段、普通の友達にあって普通にじゃあまたといって別れることになれすぎている日常。
私は外国の友達と会っているときとても特別なものに感じるんだよとサランにいったら、
サランは、“それはまた日本に帰ってしまうから、時間が限られていて少しの時間でも大切にそして
エンジョイしようと思う気持ちが強くなるからだよ“といった。

確かに旅行日程が限られているからこそ二週間の命のセミのように今ある時間をこれほどまでに
惜しんでその景色や食べ物を楽しもうとするわけだ。

またいつ会えるかどうかわからないという気持ちがそうさせるし、自分がここには永遠にいられないことを
わかっているからこそその時が輝いている。

そういうことに心の底から気づき、三人の女性が素敵なバーで祝杯をできたのはなんて素敵なんだろう。
亡くなったミニョンのお父さんが天国から娘さんと私との出会いをくれたんだとメッセージを受け取ると
言葉が話せないほど震えていた。

突然にそういうことを感じられる自分になっている。

人生は、どう考え生きるかなんだよ 
確かに病気でお父さんは亡くなって健康がすごく大切なんだと彼女は悟ったというけれど、
姉として“どう考えるか、どれだけ自分を愛せるか”なんだよと伝えたのだ。

初めて会ったのに言葉も通じないのに人間はわかりあえることをやっぱり確信している。
言葉が邪魔になることがどれだけ多いことかを海外の人と触れ合うことでもわかって欲しいのだ。
言葉がないのにこんなに人はわかりあえるんだという素晴らしさは、異文化交流で一番大切なメッセージだ。

地球は一つなんだなぁと実感できる。
そしてもしもこの肉体が滅びてもそれ以外は永遠だということも知る。

本当は素直になりたいのになれなくて感謝の気持ちも言えない自分。
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by kevala | 2009-04-18 13:44 | できごと

一人旅にでかけます!

いつから計画するか。
どうせなら3月31日からにしませんか?
あの怒涛の嵐があった日から、自分と旅にでます。そして自分の内面から語りかけてくるメッセージを確実にとらえていく旅です。
さみしい、くるしい、だるい、甘えたい、すべての感情を無視せず、それを表現するだけにとどめます。
他人からの誘いにもある一定期間は断り、自分との旅にでかけます。そうしないと自分がこれ以上みえてこないことに気付いたからです。
過去の傷は自分でしか癒せないことを自分で知ったからです。
毎週末、私は恭子さんと一緒に山を登り、町を走り、買い物をして過去の恭子ちゃんと一緒にでかけます。
甘えたいときは強い恭子さんに話しかけてみます。

猟奇的な彼女もそうでした。自分の傷を自分で癒そうと決心した彼女でした。
私もその旅にでます。

旅の期間は、まず一カ月にします。(考え中ですが、絶対に貫ける期間に)
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by kevala | 2009-03-16 15:11 | できごと

自分と他人との比較


昨日のいくみんの誕生日会は、自分なりに居づらさを感じていた。
おそらくそれは他人と自分を比較してしまっているからにすぎないのだが、他人を知るというプロセスに
必ず人間だから起きてしまう感情がある。他人の芝生は青いということ、これは生きている限り逃れられない
一時の感情だ。
とにもかくにも自分は今自分で心地よい。I am comfortable by myselfという感じで、やっとI became free from anyone, and feel all myselfだ。
自分がただそこにいられて他人に何も言われずにいられることに自由を感じており、それが最大に幸せなのに・・・
いったん他人と比べるとどん底につきおとされるかのような感覚にもなってしまう。人間って面白いことに。

これから結婚しますというような婚約者たちが多くいるなかで自分にもそういう時期があったことが意図せずにも
記憶が掘り起こされてしまう。自分もみんなのように希望に満ちて結婚したはずなのに・・という感情がやみくもにでてしまうのだ。
自分は自分それでいいというような感情がなかなか生まれず、翻弄されるような時間だった。
そうやって自分を冷静に分析もできるようになっているところは成長のしるしなのかもしれない。

まだまだその手のことには避けている自分がいる。ウェディング関連の話にはなるべく自分からいかないようにと。
まだまだ他人の結婚式に参加するのもつらい時期で、心からおめでとうと言えるように早くなりたいと思う。
結婚に期待があったからなのか、ただ皆のきらきらした姿をみて現実的なことを考えてしまうのは私だけなのだろうか。
もっと夢をみていたかったけれど、人生などそんな甘くないのであると。

ウエディング、チッという感情はまだまだ自分にはある。ただそんな自分としばらく付き合って癒していかないと可哀そうだなと
もう一人の自分が語りかけた。
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by kevala | 2009-03-16 14:55 | できごと